思っていることは言う、戦うべき時は戦う。その難しさと必要性。

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これは人生でもそうだし、リーダーや会社の代表なんかをやっていると特に必要になると思うんだけど、「思っていることは言う、戦うべき時は戦う。」というのは必ず身につけなければならない能力であると思う。

会社や事業をやっているとどうしてもトラブルや利益相反な関係が生まれたりする。
そういった場合に「嫌われないこと」「いい人でいること」を優先してしまいがちな人は多い。
日本人は自己主張が苦手だ。

僕も例外ではなく、むしろその傾向が強かった。嫌われることが昔から大の苦手で、今もまだ嫌われることには抵抗がある。
小学校の頃一時期いじめられた経験があるからか、肝心なところで一歩引く、ということが多かった。

意見をいうことは苦手ではなくむしろ得意なんだけど、条件交渉とかがとにかく苦手だった。
価格交渉とか。

けど、会社をやったり自分で事業をしたりして色々な交渉を重ねる中で、自分の主張を通すことの大切さ、きちんと伝えることの重要性を学んだ。

それは交渉を自分の有利なように進める、自分の都合良く進める、という側面もあるが、交渉内容をフェアにする、校正な取引をする、という点でも非常に重要だ。

偏った取引や内容になってしまうのは、口がうまくて自分に有利に進めようという側だけではなく一歩引いてしまう側にも責任はある。

誰だって交渉は有利に進めたいし、それ自体は悪じゃない。しかしそれに対してこちらも正当性を主張するか、そこで一歩引くかはこちらが選べる。一歩引くという選択をすることも自分の責任なのだ。

もちろん、会う相手全てと仲良くできればいいのだが、そんなことは現実的には無理だし、先に述べたようにどうしても避けられない衝突は存在する。

そんな時は、きちんと自分の正当事由があるならそれを恐れずに言うべきなのだ。

 

もちろん、自分の主張をしたところで、それが単なる自分の思い込みだったり、客観的に見て正当性に欠けている、なんてこともままある。ただ自分にとって都合の良いことを並べ立てているだけだ、と言われることもあるだろう。

でも、それでいいんです。なぜならそれを主張として表に出さないかぎり、その主張が正しいのか間違っているのかは永遠にわからないままだし、主張しないかぎり、なんとなく納得出来ないまま損を掴まされる、ということになりかねないから。

そして主張した結果、仮に自分が間違っていても、「自分の感覚は社会的にずれているんだな」ということがわかる場合も多々ある。「主張の仕方がよくなかった」という場合もある。それらの経験は今後の人生にとって、非常に大きな学びになる。

めちゃくちゃ恥ずかしいし、ツラくて凹むし、自分が嫌になるけども。でもそれでも人間的には間違いなく成長する。

社会における自分の正当性についての感覚を身につけ、人として成長し、公正であるためにも、思っていること、正しいと思うことはきちんと相手に伝えるべきだ。

ただ、伝え方は大事。自己の考える正当性は、感情的にではなく、客観的な事実として、できれば数値とともに示すのが良い。それがまずやるべきこと。

でもそれが無理なら、まずは感情面も含めて伝えるのでも良いと思う。自分の中で貯めこまずに、とにかく伝えることが大切だ。案外それだけで話が通ることもある。

そしてその時は喧嘩腰ではなく、毅然とした落ち着いた態度で伝えよう。「私はあなたの敵ではないですよ」という態度が大事だ。

・自分が正しいと思うことを伝える
・客観的な事実(できれば数字)を交えて伝える
・「あなたの敵ではないですよ」という毅然とした落ち着いた態度で伝える

言っていることが敵対的な内容でも、コミュニケーションをしっかりと取る、というのはどの場面では大切。

だけど、なれないうちは正しい主張をすること、そしてその主張を正しく伝えることというのはすごく難しい。特に慣れ合いで生きてきた人にとっては。

でもいずれぶち当たる壁だ。人間生きていれば、誰の前でも、いつ何時でもいい人でいられるわけじゃない。

特に会社経営や、一家の大黒柱、リーダーでは、いい人で居ることだけが正解ではない。

時には相手に厳しい対応を取ることで会社や家族を守ることや、公平性を保つことにも繋がる。

 

主張を実践するのは難しい。でも、必ず後天的に身につけられる能力だと思う。僕がそうだったから。

フェアでいるためにも、きちんとした主張を出来る人間になろう。

紛争が起こらないのが一番だけどね。でもそんなん無理だから。

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